神居古潭大橋(補足の上再掲)

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石狩川の上流に架かる神居古潭大橋は祖父の佐藤貫三(集合写真右上の人物)が作ったというのは前に掲載しましたが補足して再掲します。


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(上の写真)
ふよ(妻) 麗子(3女) 貫三(当主)
隆(3男) 純孝(長男)
和正(4男) 昭四郎(5男) 加代子(次女)
私の父(辰男、次男)巳恵(長女)は写っていません。
中銀倶楽部と書いてありますから、おそらく満州で写したものだと思います。
中銀というのは満州中央銀行のことで純孝の勤務先です。
辰男は東京に、巳恵は既に嫁いでいたので渡満しなかったのです。





この橋は老朽化のためだと思われますが、一度に100人以上乗るなと書いてありました。1人60kgとして最大荷重は6トンと言うことになります。
100人の所が切り貼りしたように見えます。直す前は200人だったかも?
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神居古潭大橋の下流にある淵は「パラ・モイ」(広い湾)と言うようです。今の湾のイメージとはだいぶかけ離れていますが、ここを泳いで渡となったらかなりの難所であることは間違いありません。
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by yuuyuutakemura | 2008-06-27 09:07 |
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