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ソレント遠望

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ホテルの部屋から見たナポリ湾です。
ベランダへ出て写真を撮っていたら、隣の部屋の人と顔が合いました。
なんと日本人のおじさんでした。ナポリへ来て初めて会った同胞人です。
お隣さんも「アレ?」って感じでおはよう!の挨拶を交わしました。
遠方に霞んでいるのがソレント方面です。今日はソレントへ行ってみるつもりです。
海は穏やかだし、天気も薄曇りだから、フェリーで行くのも良いと思いましたが、シーズンオフのため、船便が少ないというので、周遊鉄道で行く事にしました。
ポンペイまでは昨日乗って居るから、なれた交通手段をとる事にしました。
料金も安いし、便数も多いのがメリットです。
♪帰れソレントへ!♪で地名は知らない人は居ない位有名ですが、どんなところかは知らないから、ちょっと覗いて見よう、と言う気儘な発想です。
by yuuyuutakemura | 2007-02-28 00:26 |

富裕層の居住区

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この辺りは一軒の区画も大きく、入口にはカラーストーンで作ったモザイクタイルが敷き詰めてあったり、中庭に池が設えてあったりと、豪邸が連なっています。大きな浴室にベンチがあって、ローマ風呂風の使い方をしていたのでしょう。
右の像はレプリカだと書いてありましたが、そんな装飾にも気を使っています。
遺跡の発掘は今でも行われていて、出口近くで、パワーシャベルが地面を掘り返していました。
遺跡発掘は、鏝と刷毛でチマチマした作業が行われるのが普通ですが、ポンペイのやり方はダイナミックです。
イタリアの場合は何処を掘っても遺跡にぶつかるから、鏝と刷毛では埒があかないのでしょうが、大事なものを見落としたり、壊したりしないのかなぁ? なんて余計な心配をしたくなるのは、老婆心と言う奴なんでしょうね?
出口の近くで、今度は気の良いスピッツに纏われ付かれました。私の足下でウロウロするから危うく踏みつけそうになり、避ける弾みに転んでしまいました。
ズボンは破れるは、痣は出来るはで、痛い思いをしましたが、可愛いワンちゃんでした。
蛇足ですが、帰国後、ズボンをカケハギ屋に出したら、4500円掛かりました。
by yuuyuutakemura | 2007-02-27 00:05 |

建て込んでいた家屋

ポンペイの市街を高いところから眺めると、かなり家並みが密集している事が分かります。
この辺りは庶民の居住区域だったのでしょう。
裕福な家では中庭があって広い区画を専有しています。
貧富の差がはっきり分かれているのは今のご時世と同じ事でした。
富裕層は奴隷も保有していて、奴隷達の居住していた部屋には、ポルノチックな壁画が描かれていて、奴隷という財産の自発的再生産が奨励されていという事ですが、その壁画の存在を確認する事は出来ませんでした。
通りに面して一部屋しかない家屋もありましたが、これは店舗だけの区画らしく、職住が分かれていたのでしょう。もしかしたら通勤地獄なんて事もあったのかも知れませんね?
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by yuuyuutakemura | 2007-02-26 00:11 |

ポンペイの給水設備

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イタリアの街中には、道端に蛇口があって、水が常時流れているのを見掛けます。水の出口を指で塞ぐと、蛇口の上の部分に開いている穴から水が噴き出して来て、それを口で受けて飲む事が出来ます。
日本で駅やビルに備えてある給水器と同じ役目をしています。
ポンペイにもそれと同じ給水施設がありました。水は出ては居ませんでしたが、ポンペイの市民も通りがけに喉を潤したのだと思います。
古代の都市に市民に水を無料で供給していたというのは、当時の為政者が優れた治世をしていた証だと思いました。
江戸でも神田上水、武蔵野上水などを開削して江戸市民に水を供給していましたが、大都市に綺麗な水を供給するという事業には多大の労力と緻密な工事が必要でした。ポンペイにそのような施設があったと言う事は驚きの発見でした。
by yuuyuutakemura | 2007-02-25 21:29 |

二軒目の居酒屋

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二軒目の居酒屋跡は、先にご紹介したものよりかなり整っています。
カウンターには大理石の飾り板が張り付けてあったり、もう少し手を加えれば開店できそうな修復が施されています。
ポンペイ遺跡の復元作業で、前回も書きましたが、現代の技術が使われていたりするのを見せられてしまうと、この居酒屋の修復も本当に当時の儘の姿になっているのか、疑問が湧いてきます。
果たして、カウンターに飾り板の大理石が貼られていたんだろうか? 石を積んでそこに絵が描かれたりしていたのではないのか? 
ポンペイでは今でも新しい場所で発掘が続けられています。
変に復元などしないで、出土したままの姿を見せて欲しいものです。
保存の為には柱や壁を作り直して屋根を掛けるのではなく、大屋根で覆って保護する等の、オリジナルには手を加えない形での展示が良いのではないでしょうか?
フランスのラスコー洞窟の壁画は、近くに本物を正確にコピーした洞窟を再現し、壁画もオリジナルと寸分違わぬ正確なものを模写して公開しています。
適当な作業といい加減な考証で現物に手を加えたのでは、遺跡ではなく見せ物になってしまうのではと危惧しています。

*お詫び 当初「アルタミラ洞窟」と書いたのは「ラスコー洞窟」の誤りです。
by yuuyuutakemura | 2007-02-24 00:02 |

ベスビアス冠雪

ポンペイ遺跡の中央広場(?)から眺めたベスビアスです。
山頂付近がうっすらと雪をかぶっています。
この山が噴火してポンペイの街を全滅させたのですが、地図を見ると、今ではベスビアスからポンペイの距離よりもっと近い場所に多くの街があります。
火山活動は収まっているとはいえ、何時又噴火するかも知れません。
地殻の変動は人間の歴史観からするとかなり息の長いもので、100年とかのオーダーを遙かに超えたものであると思います。
日本でも富士山等は、かって休火山という分類になっていましたが、今では休火山・活火山
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という考え方はしないで、単に火山としています。
つまり富士山だって何時又大噴火を起こすか分からないという事です。
伊豆七島なども全て火山の頂上付近が海面から頭を出している島ですから、人々は火山の頂上付近に住んでいる事になります。大島や三宅島の人達が全島民が避難したのは記憶に新しいところです。
ベスビアスや富士山が何時までも冠雪を戴いていられる位、冷えて居てくれる事を祈りましょう。

*この回から写真は携帯電話のカメラで写したものになっています。
 ニコンの充電器を持って来忘れたので写せなくなったのです。
by yuuyuutakemura | 2007-02-23 00:06 |

アバウトと言うか・・・?

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遺跡は少しずつ修復しているようで、中には屋根まで復元された家屋もありました。
この写真の梁の部分も後から手を入れたものですが、驚いた事に(呆れた事に、の方が適当かも?)石材ではなく、コンクリートで造られて居るんです。
ポンペイが埋没した時代に、コンクリートはなかったろうし、ましてや鉄筋は使うはずがないのです。
もっと悪い事に、使った砂が海砂で塩分の洗浄が不十分だったらしく、鉄筋が錆びて膨らみ、亀裂が入っている始末です。
古代の人達が、十分な道具も無しに石を加工していたのに、現代の人が無造作に鉄筋コンクリートで修復するというのは、古代人の英知にたいする冒涜だと思いました。
あまり物事に拘らない陽気な南欧の人のアバウトな仕事ぶりは、几帳面な日本人とは対照的な処理の仕方です。
日本の遺跡などの修復技術が海外で高い評価を受け、エジプト、敦厚、アンコールワット等で日本人のスタッフが活躍しているのは当然のことなのでしょうね。
by yuuyuutakemura | 2007-02-22 00:02 |

他のお客さんも、、、

雨が小降りになり、やっと他のお客さんも来始めたようです。
前回と同じアングルで恐縮ですが、遠方に人影が見えます。
遺跡だから誰にも出会わないのは不気味な感じもしましたから、他の人が見え始めてホッとしたというのが正直なところです。
夏の観光シーズンには、人で溢れる事でしょうし、南イタリアですから猛暑になって、ポンペイ観光はしんどいらしいです。
冬のこの時期は空いているし、暖冬でもあったから快適な観光が楽しめたのはラッキーでした。
私のガイド兼ボディガード役の犬君は、私から何も貰えないのが分かったからか、何処かへ行ってしまいました。時々話しかけたりしてやったのに不人情にも(不犬情?)ワンとも言わずに立ち去りました。
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by yuuyuutakemura | 2007-02-21 00:05 |

雨上がり

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ついに晴れ男の本領発揮です!
雨も上がって遠くの山も見えだしました。
ポンペイでは、道路は排水路も兼ねていたようで、おそらく雨水だけではなく下水も流していたんだと思います。
道路を横断するのには、足を汚さないように、飛び石が設置されています。
車両はその隙間を通るから、車の幅とかは決まりがあったのでしょうね。
画面手前の四個の石がその横断歩道です。
ベスビアス火山は画面の後側にあります。
平地の雨が、ベスビアスでは雪になったらしく、白く薄化粧していました。
by yuuyuutakemura | 2007-02-20 00:05 |

色鮮やかな壁画

ポンペイの遺跡には今なお色鮮やかな壁画が残っています。
人骨まで焼き尽くす灼熱の火砕流に見舞われても、色褪せることなく残っているのですから、かなり堅固な顔料が使われていたのでしょう。
古来から、人間は色にはかなりの拘りを持っていて、良い色の顔料や染料を得る為に、遠方からの交易を行っていました。
ポンペイの人達も、遠くアフリカとか中央アジア辺りから物資の調達を行っていたと思われます。
美しい物への追究と執念には現代人も及ばないものがあったのでしょう。
悠久の時を隔てて私の前にある壁画の色彩は、往時のポンペイの繁栄振りが見て取れます。
私の描いている絵や、ブログの電子記録は、おそらく1000年の後には色褪せたり、消滅したりして居る事だろうと思うと虚しい思いがあります。
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by yuuyuutakemura | 2007-02-19 00:29 |