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鉢石宿 ② 荒物屋

日光駅からのメインストリートにありますが、荒物屋ですから観光客相手ではありません。場違いな感じもしますが、日光市にも居住者は居るわけですから地元民を相手に商売しているのでしょう。日光には霧降方面にかけて別荘も多く建っていますからそれらの人にも役立っているのでしょう。
画面の観光客らしい若い女性は荒物屋には目もくれず駅方向にに歩き去っていきました。
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by yuuyuutakemura | 2008-05-31 00:00 | 絵画

鉢石宿  ①  ひしや

鉢石宿は日光東照宮の門前町、観光客相手の店が並んでいます。
東武・JRの日光駅から東照宮に向かう道の両側に軒を連ねています。
日光には私の勤務してた役所の林間施設があったので良く写生に行っていました。
施設は子供たちが使わないときには大人も利用できるのです。料金は安いし園長は同僚ですから居心地も良かったのです。
最初にご覧戴く建物は「ひしや」という羊羹屋です。
今はもう亡くなりましたが、ここの親父さんは偏屈な人で、それを売りにしていた節があります。羊羹は一日300本しか作りません。小豆を吟味し、全て手作りです。包装は竹の皮を使っています。一人に二本しか売ってくれません。予約も出来ないし、昼前には売り切れてしまうから、知る人ぞ知る貴重品で私も頑張って行く度に必ず二本確保したものです。
日光は羊羹屋さんが数軒有りますが、ひしやの羊羹は別格でした。値段も他の店より高かったのですが、偏屈親父のお小言と羊羹自慢を聞きたくて行く度に立ち寄ったものです。
偏屈親父さんが亡くなってからは、販売数量制限もなくなりましたが、同時に手に入りにくい貴重品というイメージも消え失せ、息子の嫁さんの愛想の良い接客ぶりも親父さんの毒舌の魅力には勝てませんでしたから、最近私はひしやの羊羹を買う習慣は無くなってしまいました。
今では夕方行っても欲しい数だけ買えるようになっています。
こうして絵を描いていると、冥土から不甲斐ない息子夫婦の商売下手を嘆く親父さんの声が聞こえて来たような気がしました。
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by yuuyuutakemura | 2008-05-29 23:41 | 絵画

今市宿  廃業した宿屋

今市宿を探し回ってこの家を見つけました。写生をしているとくわえ煙草でぶらぶら歩いてくる人に出会いました。
暇そうだったので「この辺に他に古い家は無いのでしょうか?」と話しかけると「今はこの家くらいしか残っていないね、以前はもっとあったのに、、、この家も宿屋をやっていたけどつい最近やめてしまったよ。」とのことでした。
私の描いている脇にしゃがみこんでゆっくり煙草を薫らせながら暫く世間話をしてくれました。
私より少しお年を召しておいでのようでしたが、栃木訛りのない話し方でした。
この家、何故か玄関前にモアイ像のような木像が二体飾ってあります。旅人を誘う招き猫(モアイ)みたいで微笑ましい感じです。
未だ営業中ならばここに一泊したい、と思わせる魔力を持った像です。
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by yuuyuutakemura | 2008-05-29 00:03 | 絵画

今市宿 二連の蔵

今市宿には日光へ写生に行く折りに何回も行っていたから古い家が何軒か有るのを覚えていましたが、今回行ってみたら有ったはずの建物が見あたりません。記憶違いなのか取り壊されてしまったのか、町を何回か往き来してみましたがやはり見つかりませんでした。
味噌の醸造所が有ったはずなのに記憶を頼りに探し回っても駄目でした。
結局見つかったのはこの二連の蔵と廃業した宿屋さんだけでした。
二連の蔵は漆喰も真っ白に塗り替えられていてしっかり管理されていました。
大切に使われているのでしょう。これなら当分は無事にその姿を留めていてくれそうです。
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by yuuyuutakemura | 2008-05-28 00:03 | 絵画

大沢宿  廃屋

大沢宿にも古い建物は見あたりませんでした。この廃屋がどんな建物だったのか見当も付かないほどの荒れ様で果たして宿場に関連するのかも定かではありません。
これまで描いてきた様々な歴史ある建物も補修の手を緩めれば遠からずこの様な状態になってしまうことでしょう。朽ち果てる前に重機によって破壊されることもあり得ます。むしろその方の可能性が大だと思います。
貴重な歴史遺産を保存できるような施策が望まれます。
私のこのシリーズが少しでもそのために役だってくれることを切望しています。
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by yuuyuutakemura | 2008-05-27 00:09 | 絵画

徳治郎宿  大谷石の家

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徳治郎宿にも古い家はこの大谷石造りの家のみでした。
石造りの建物は部材の性格上間口を大きく取ることは不可能ですから、この家の4間もある間口はどうやって確保できたのか不思議です。
石材は縦方向には大きな力に耐える性能がありますが、木の梁のように粘りはありませんから、アーチのような形態を取らないと上からの重量には耐えられません。
前面部分はおそらく大谷石は構造材としての使用ではなく、木組みで家の形を作り、外壁材として貼り付ける手法を取ったのではないでしょうか?
それにしても一階差し掛け部分の上にある石の重量だけでも大変なものですから普通の木造住宅よりも頑丈な梁が使われていることでしょう。
建設当初は赤銅色に輝いていたであろう屋根も緑青に彩られて落ち着きのある緑色です。
by yuuyuutakemura | 2008-05-26 18:16 | 絵画

宇都宮宿  旧篠原家住宅(重文)

宇都宮には国の重要文化財に指定されているこの旧篠原家住宅一軒のみが現存していました。
大きくて豪壮な構えの建物です。住宅といっていますが、醤油醸造など手広く商売をしていた商家です。
現在は宇都宮市が管理していて入館料を取って公開されています。私はここでも入館はせずに、係員からいろいろと話を聞き資料などを戴いて退散しました。
外観を描くのですから内部の諸々を拝観する時間を節約したのです。係の人はそんなちゃっかりした私にも嫌な顔をせずに親切に対応してくれました。
市内には他に大谷石造りの教会があるとのことでしたが、宿場には関係ないので見には行きませんでした。

詳細データは下記URLでご覧下さい。
東京新聞のサイトには私の絵より上手なスケッチも付いています。

http://www.city.utsunomiya.tochigi.jp/bunka/geijyutsu/002266.html

http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/amuse/architects/CK2008051402011126.html
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by yuuyuutakemura | 2008-05-25 00:03 | 絵画

雀宮宿 芦谷家仮本陣

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この家は「芦谷家仮本陣」 雀宮宿唯一の歴史ある家です。
雀宮宿にはかっては本陣、脇本陣の他に仮本陣もあったのだそうです。
友人が雀宮に住んでいるので古いことを調べてもらえました。
友人が送ってくれたデータによると、
「宿場では、諸 大名や幕府の上 級役人が宿泊する場所として、本陣や脇本陣を
置いたが、雀宮宿では仮本陣も置いた。これが歴代治左衛門を襲 名し、名主で
間屋、旅籠、農業を営んでいた芦谷家である。
建設されたのは1850年と言う。門と言い、母屋と言い、江戸時代の規模と風格を持つ建物であって、上段の間も往時の姿を今に残している。
この仮本陣は、天保時代には480坪の宅地に66坪の建物があって、8室の客間と45石の石高を所持していた。そして、名主であったため375点に及ぶ江戸時代の貴重な古文書を、今に伝えている。
駅前通りと国道4号線の丁字路南東にある古い大きな屋敷である。
明治14年(1881年)明治天皇が東北御巡幸の際、芦谷家の上段の間で御休息されたが、その時、庭の梨の実を自らお採りになり、太政大臣三条実美卿が皮を剥いて差し上げたという。」とのことである。
今回は友人のご厚意に甘えて転載して手抜きで済ませました。
by yuuyuutakemura | 2008-05-24 00:00 | 絵画

石橋宿 ① 不可解な家

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石橋宿には古そうな家はこの家一軒のみでした。古いと言っても明治以降おそらく昭和の初めのものだと思われます。
最初に見たときはお寺かと思いましたがそうではないようです。住宅にしては屋根の形や門構えが馴染めない感じがします。
ともかく、これでもか!というように金をかけて建てた建築物です。
新興宗教の本部というなら納得ですが、そうゆう事でもないようです。
重厚な反り屋根と銅を随所に使っているのも成金趣味で嫌みな感じを受けます。
私の趣向からすると好感の持てない建物です。
建物に限らず、シンプル、素朴、さりげなさ、そうゆうやり方が粋だと思うのです。金をかけるなら見えないところに贅をつくす、そんな心遣いはみじんも感じられない悪趣味な建物でした。
by yuuyuutakemura | 2008-05-23 00:11 | 絵画

小金井宿 ③ 庭に建つ蔵

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この蔵は草ボウボウの庭の中に建っていますが、母屋とは離れています。
この蔵の側壁も木の羽目板です。正面も側壁の上部分も漆喰なのに大切なものを収納する蔵なのに防火の備えを手抜きしているのが不可解です。
母屋から離れているから、母屋から出火しても延焼の虞がないというなら正面も道路から離れているのだから板場目でも良いわけです。
前出の「ちぐはぐな家」と同じ手抜きをしていることから、この近辺ではこんな作りが流行っていたのかとも思われます。
正面だけ見栄えを良くすれば良いとの考えかも知れませんが、ちょっと脇から見たらバレバレなのですから、さもしい下心を見抜かれてしまいます。
何でなんだろうなぁ?
by yuuyuutakemura | 2008-05-22 00:01 | 絵画